[ フレーム復帰 ]


――私に、生まれた頃の記憶はない。

故郷。思い出の場所。友達。家族。
多くの人が、程度の差こそあれ持っているもの。
大事にし、時には憎しみを呼び、人と人の繋がりを取り成すもの。

形の上でなら、きっと私にもそれらが多分存在するのだろう。
それぞれの「世界」に、私が矛盾なく存在する為に。
けれど彼らについて、それらについて、私は一切何も知らない。

雨が、降る。
私は、傘を広げる。
いつからそうするようになったかも分からない。
それが、この世界からの「飛翔」のサイン。

Uncertain Dimensional Transferring Phenomenon――通称、時面飛翔現象。
とある「世界」にて、私の特異体質はそう名付けられた。
無数に、無限に存在する数多の並行世界。
そこには過去も未来もなく、何もかもが等価に遍在する。
あたかも時を渡るように、私は不規則に「時面」から「時面」へと「飛翔」する。
次にどんな世界へと飛翔するのか、私には知る術はない。
いつから飛翔をし続けているのか、その記憶も既に不鮮明で。



「――ところで君は、他の世界……
 他の『時面』でも違わず『常葉 絵梨乃』君自身なのかね」

私の特異体質を調査している研究所の所長は、ある時そう尋ねてきた。
少し悩んだ後、私は確かこう答えた筈だ。

「その世界が私を『常葉 絵梨乃』と定義するなら。そうなのかもしれません」

私には分からない。
世界が私を観測し、「常葉 絵梨乃」という個の存在を証明するのか。
私が世界を観測し、「常葉 絵梨乃」として個の存在を認識するのか。

すると所長は少し困ったような笑顔で「そうか」と言った後、興味深い話をしてくれた。

「――時に、西方の古い神話の中にこんな話があってね。
 神々はまず無数の世界を作り、多くの生き物を住まわせた。
 それぞれに少しずつ異なる知恵と力を与えて。
 来たるべき裁定の日、最も神々の下へと導くに相応しい世界を選ぶ為に。
 そうして運命選定の任を担う女神エル・アフェリアは、
 全ての世界の間を揺れ動く振り子を用いて
 今も我々人間の世界を見守っていると云う」

ひょっとしたらその振り子が君という観測者なのかもしれないね、と彼は締めくくった。
科学者らしくもなく、おおよそ科学とはかけ離れた内容だったけれど。
ただ一つ……「エル・アフェリア」の名前だけは何故か強く印象に残っている。

被験者番号、0。
私は常葉 絵梨乃、そう呼ばれる存在。
傘と共に雨に霞み消えてゆく私を、貴方はきっと覚えていない。
それが過去であっても、未来であっても――




Unit GrowSphereの二十五枚目、オリジナル第十九弾は
「雨に霞むエリノ -Elyno, fragile shadow in the rain-」
雨降る光景をバックグラウンドイメージに、
様々な時間と並行世界とを通りすぎてゆく多次元世界の旅物語です。
浦島太郎、またはリップ・ヴァン・ウィンクル、神隠し。
あるいはティル・ナ・ノグを訪れたオシーンのお話。
異なる世界と異なる時間の流れ。
時間軸に対し鉛直に広がりゆく多次元の並行世界の間を、
図らずも『落下』し続ける彼女が見る未来の光景とは――


 【トラック構成】
 Tr.1 雨に霞むエリノ -Elyno, fragile shadow in the rain-
6月12日。時計はその日付を示す。天気は、雨。
時刻は、『ここ』でのそれは分からない。けれど間もなく私はここから『消える』。
 Tr.2 霧のモノクロームシティ -No Colors-
6月17日。……多分。周囲は、霧に霞んだ無彩色の街並み。
窓も明かりもない無機質なビルの群れ。人がいるのかも定かではない。
 Tr.3 時流断層回廊 -Worst World Error-
6月19日。未だ『次の世界』には辿り着かない。観測できる『情報』はなし。
多分、ここは『世界の狭間』。『世界』になりきれなかった『時流』の残滓。
 Tr.4 ゴースト・コーストを眼下に望み -Haze of Unknown-
6月22日。靄のかかる海が足元遥か下に見える。私の知る『海』とはどこか違う。
エメラルドグリーンの海から立ち上る靄は、まるで意思ある幽霊のように悲しげに舞う。
 Tr.5 今宵、静かに傘を閉じ -Before the Transferring Nights-
7月9日。この『世界』には二日ほど居る。陽は一度も昇らない。
次の世界へ私を誘う『雨』はまだ降らない。一人、傘を閉じてその時を待つ。
 Tr.6 シンクロニシティ・ゲート -Rain to Rain-
7月10日。ようやく『雨』が来た。私は静かに傘を広げる。
雨降る町から雨降る町へ。『時面飛翔』の扉が静かに開く。
 Tr.7 連環因果の消失境界 -Over the Vacant Dimension-
5月25日。……まただ。私自身の『時流』が乱れている。
隔たりの大きい世界の間を『飛翔』する際、己の因果が損なわれると確か聞いた。
 Tr.8 残響都市 -Urban Echoes-
9月26日。ここは久しぶりに活況ある『世界』の街。交差点には人々と車が行き交う。
けれど、私の『焦点』が合っていない。彼らは残像と残響を残し、私をすり抜けてゆく。
 Tr.9 時面飛翔現象に関する臨床記録 -Elyno Tokiwa, subject code.0-
被験者番号0。私は……常葉絵梨乃は。此処に居て、かつ此処に居ない。
私が図らずも引き起こす『時面飛翔現象』の研究は続いている。けれど未だ答えは出ない。
 Tr.10 無限落下少女 -Swing by Cross-Time-
時間と可能性の平面座標上に果てなく広がる空間世界の水面。開闢の鐘より時面事象の地平へ。
限りなく永遠に引き伸ばされた落下軌道の中、私は歪んだ位相幾何学の夢を見る。
 Tr.11 泡沫の水晶球 -Transient Crystructure-
11月11日。希薄な影、霞む光。崩れるよりも早く消失してゆく水晶世界。
この世界は今まさに「消える」途上。始めから何も無かったかのように、存在の泡は弾けゆく。
 Tr.12 エル・アフェリアの天秤 -時力振子の担い手-
あらゆる『時面』に等価に存在する私は、次に自身が観測された世界へと『飛翔』する。
あたかもそれは、運命選定の原初存在エル・アフェリアが指し示す振り子。
 Tr.13 不確定性未来 -Unknown Future is Here-
12月24日。ここが過去なのか未来なのかは分からない。私自身の時間もまた不鮮明。
不確定な未来のように真っ白な雪が、雨の代わりに私の進む道を染め上げる。


【作曲・イラスト・設定・ジャケットデザイン】
諌月 くれか / Unit GrowSphere
【頒布価格】
500円( 予定 )

2011/2/13(日) 、コミティア95の以下のスペースにて頒布予定です。
ひ - 11b「Unit GrowSphere」

 [ 全曲クロスフェードサンプル( mp3 ) ] 


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